どうしようもなく、君が好き

基本的に福井宏志朗くん観察記録✧⁺

正義の味方はどこにいるの?


センター試験も終わり、2018年が始まり早半月、、わたしの第3ジャニオタ人生が始まった、、気がする。


のでしゅんちゃんを好き!て思ったことと、りくとくんを見に名古屋いくのやめようと思ったことと、帝劇の感想と、乱れまくった情緒をはさみつつお届け★ミ


第3ジャニオタてなんだよと思ったけどこれが自分の中でもしっくりくる。もうなにをどうしてもどう考えても福井宏志朗という人間の条件を満たす人は現世には存在していないので、いろいろと割り切った上で気軽にオタクしよう!という新境地。
担当にしたいと思える人が現れないとなぜか1年間ジャニーズJr.に興味が持てなくて、どんなショータイムやバラエティを見ても無感情だったのが、モノクロだった世界が色づいたかのように興味がわいた!
この感覚わけわかんねえと思われるかもしれないけど、周囲の2017年担当を失った人々'sの総意として、興味が持てないという感情になったのよ。それが、いままでみたいに担当以外の好きなJr.だとか好きな曲に対しての感情が豊かになった!ただし、脳裏にはどうあがいてもこーちゃんがつきまとうため突如情緒不安定になり泣けてきたりする。


まず、名古屋にというか祭nine.というか神田陸人くんに飽きちゃった話。

ただ、ほんとにこうなることはわかってたと思っていたときが案外早くきた?のか案外長く続いた?のかさすがに唐突すぎた?のかわからないけど、わたしは接触アイドルにハマってジャニオタに返り咲くという奇行経験を人生で2度目に迎えた!


だからこれが永遠に続く感情じゃないしいつか虚無に襲われる、て思ってたけど、襲われ方もなんてわたしらしいんだろうと思ったので書き殴らせてほしい。
毎年恒例の1年の振り返りをしていていつもはシーズンごとに好きな曲があって好きな振りがあって曲を思い出すだけでその季節を思い出したり、みんなと遊んだりはなしたこと思い出したりしてたのが、あんっっだけ無理してでも通ったリリイベ、なにも記憶がない。
そりゃ話したこととかは覚えてるけど、ライブはほぼ全部同じものを永遠に見ていて、わたしの尺度ではどの曲もなにか成長というか進化があるかと言われたらないように思えてしまって、あーなにしてきたんだろって感情に襲われてしまったー。
目標が不明確であったり目的意識がないのに適当なこと言う人が嫌いで、突拍子もなくデカイこと言う人でもそれを実現できるだけのポテンシャルが明確だったり確信できてたりしてればそれはとても好きなんだけど。
ケンティの俺はこの世界でてっぺんをとるためにアイドルになったって言葉、実現する予感しかないし実現してない??それだけの自信がある人はそういうこと言ってもほんとに恥ずかしくないだろうしかっこいい。生き様そのものが根拠だし。
1番ぞっとするのが、僕はまだまだだけど、ファンの皆さんの力があるから、力一杯がんばります!の三拍子ね。
まだまだだと思うならそれをどうやってパワーアップするつもりなのか明言するか、根拠となることをしてほしいよね?どちらもできないとなると、努力する気もないし具体的なことはなにしたらいいかさっぱりわからないのであたえられたことをひとまずこなしていくけど時間と金使って応援して!とわたしはとらえてしまう。ひねくれてるかな?
ファンの皆さんの力はたしかに必要、人気商売なんだしファンがいなければたしかに成立しないけどそれってそもそも当たり前だしそんなことわかってこちらはオタクという生き方を選んでるわけで。ファンがいるという現状を0として、いないという仮定をマイナスと考えてマイナスにならないよう取り繕ってる感が否めないのが嫌。いないという仮定はまずすんな。ファンが満足できない(マイナス)ファンがいる(原点)ファンが満足する(プラス)で物事を考えてほしい。喜ばせたいから頑張ってほしい。ファンがいるから頑張るとか謎の気持ちは一旦捨ててほしい。男なんだから、女のおかげで俺生きてる、より女を楽しませることで俺生きてることが楽しいくらいの気持ちで仕事してほしい。友達連れてきてくれと頼まれても連れてきたところでそれなりのパフォーマンスが提供されなきゃハマるわけないし。頼む!友達紹介して!!て言われてブスな友達よりなるべか可愛い子紹介してあげたいじゃん!ね!普通は!
そしてなにより、力一杯がんばります!の謎さ。あたりまえや。言わんでも頑張ってもらわなきゃ困るし、頑張るって能動的に言うの男としてかっこ悪いしダセェからやめてほしい。出来上がったパフォーマンスやステージを見せて、受け手が頑張ってんな!推し!!!!最高!!!と思えることをしてほしい。
ま、全部受け手の尺度によって変わるので、わたしは満足できなかったというだけ。このレベルで満足ができる人はここに残るだろうし、アイドルに対して求めるものがパフォーマンスではなくて自分への対応だったり、他のオタクへのマウンティングをするツールであったり、承認欲求を満たすツールであったり、オタクの個性は様々なのでそれを叶えるのに絶好の現場なのであればその人にとってそこはとても楽しいんだと思う!羨ましい!

もっと単純に接触アイドルならば自分に対しての反応や対応で好きとか嫌いとかモチベない!とか言えれば楽なのに、なんでか求めるべきではないパフォーマンスを求めてしまってて、方向性の違い感じた。今流行りの方向性の違い感じた。ダンスが下手とか歌が上手くないとかそういうことじゃなくて、初披露のときのパフォーマンスレベルが30パーセントだとして、それがゴールに向かって200パーセントになったりする過程があればその200パーセントがめちゃくちゃダンス上手い人の20パーセントだとしても、わたしは嬉しい。でもずっとその人のスタートである30パーセントから微々たる上昇、横ばい、結果的にも40パーセント、とかじゃほんとに楽しくないし時間を割いていたことがバカバカしくなっちゃう。それがそこでの普通なんだろうから、わたしがそこの普通にやっぱり合わないってことに気付いたから、それをどうこうしろとは言わないしもう見なくていいやと自己判断した。きっと同じ時間を違うところに使っていたらもう少し誰かの進化を肌で感じられていたのでは?と考え出したらまじで精神が死ぬから絶対しないけど!
あきらかにこの時間があったからこそ今あらためてジャニーズに対しての気持ちが倍増したのはあるし!後悔はとくにしてないしその瞬間たちは自分がとても楽しく過ごせてたからそれでいい。時は金より大事。金はいくらでも取り戻せるけど時間は戻らない!陸人くんは、たしかに2017年を通してわたしの正義の味方だったけど、その役目がわたしのなかで果たされたのかも。ここまでふまえても、BMKのライブはまだ楽しいと思うしせつらくんに会いに行きたい!と思うので東京仕事のBMKのところにはまだ行く気まんまんそんぐ♪せつらくんに対しては、わりとわかりやすく会話を楽しみに行ってる自覚があるので、変に重たくもならず単純に返答がとてもためになるのとドキドキするために行く!


そして、しゅんちゃんについて。

3日、新幹線に乗って大きな会場で誰かひとりを目で追うために、ステージを見るためにワクワク過ごす時間の尊さに泣けたんだけどこれも全部2017年という1年があったからこそで、ジャニオタなら当たり前のことがこんなに素晴らしいことなんだとまず再確認。
大阪ついて久々の環状線にも泣けたし、関西ジュニアのオタクのみなさんと合流して話すのもなんだかとてもたのしくて懐かしい気がした、、(T_T)いちいちスケール感が謎すぎるけどほんとに当たり前のことが当たり前じゃなくなると小さな幸せを感じやすくなる。ここでまたこーちゃんありがとうの気持ち。
久々の関西ジュニアのコンサート、16年の夏と秋、ジュニア祭のステージ見てる時の感覚とは全く違ってすごい心底楽しかった!昼で帰ろうと思ってたけど夜も見た!衣装がたくさんあって、いろんな種類の曲を踊って、ヘッドセットで歌って踊って、かっこいい曲も踊ってバックで踊ってるのも見れて、とても幸せだった!!すごく満たされた!しゅんちゃんの顔が強烈にかわいくて、ダンスの軸もあんまりブレないように見えて、ダンスも好きなタイプかなって思えた。
あ、やはりさわたまさやかっこよかった知ってたけどかっこよかった。とてもとてもとても綺麗に踊るんだなあてこーちゃんいないからこそちゃんと見れた気がする。わたしが結局好きなのってライン的にこのあたりなんだろうなって思ったけど、しおんと同じく仕事の偏り方的に無理だなあって脳が自動的に判断しちゃう。
そして東京帰ってきて突如として横アリに行ってしおんの団扇を振ってきたけどコンサートがおもしろくなさすぎてびびったので割愛。しおんはとてもかっこよくてどの曲でもこーちゃんと脳内対比してたけどどっちも好き!て思った。一回立ち位置どんぴ引けてよかった!


で、ここまでは壮大な前振りなわけで、帝劇に行った話をどうしても吐き出したくて!!
しかも帝劇も1回しか見てないから感情的断片的な記憶だけでぶっぱなしてく。


1幕、ずっとりゅうとくん見てた。
とにかく全てを卒なく美しくこなしていて、バトンも銃もほぼノールックで回したり投げたり視線がぶれなくて、姿勢も良くて、だれかとあからさまにふざけたりもしなくて孤高の王子ぽくわたしには見えたけど、綺麗すぎちゃってなんだかわたしの子宮には響かなかった。。余裕の表情が無感情に見えてしまって男の子のオレこんくらい余裕♪みたいな感情が見え隠れする余裕の表情にはどうもわたしの尺度では全く見えなくて、めっちゃ高くてめっちゃ髪にいいらしいよくわかんないトリートメントみたいなかんじだった。むかしから好きだし全然好きだけど!わたしはりゅうとくんの男の部分を感じられなくて悔しかったぁぁあ。
で、2幕。
日の入りシルエットからのブギキャーッ良すぎ。全体的にとてつもなくよかったということは間違いないんだけど、ゾッコンとモンスターとアンダルシアがほんとにすきだった。ゾッコンのあの鬼ハードなシャトルランみたいな動かし方とか、カラオケの合いの手ソングみたいなかんじなのにバリバリゴリゴリステップ刻んでカウント細かく超はっきり踊らせてみんなにゼェハァ言わせるのほんと、ほんとに最高によかった!!


で、モンスターはダークネスみたいなゾンビのくだりだったからいきなり踊り出したらたまらんなあ、て見てたらもーーんすたぁ!のあとのアップテンポにカウントあわせて首と肩から踊り出したのがまじでまじでまじでまじでわたしの性癖直球満塁ホームランすぎてホーーーーーームラン!!!て叫びかけた。そして宮近のこと気付いたらずっとみてて、首と肩がこの世に生きとし生けるものじゃない感出した動かし方してて超よくて、よすぎて涙が出た。スリラーみたいで最高で最高すぎてほんとにヨッッッッ世界一っっっ!と叫びたくなった。


で、アンダルシア。アンダルシアていろんなひとがやっていろんなアンダルシアをしぬほど見てきたし言ってしまえばお家芸だからこそ変わり映えないと思いがちだったけど、わたし、間奏で音が止まって暗闇でジャケットを脱ぐ時間がかなり設けられてから、さて…いくぞ。てジャケット振り回し始めるパターンのなんか初めて見たよ。北斗くんしか見てないけどなんか男性的すぎて思わず口を手で覆うしかなかった。。


そして全編を通して常人なら息するのがやっとみたいな内容で、最後の仮面舞踏会でいろんな人のほんとは限界、でもここはステージ 、前には観客、という3つがかけあわさった表情が見れてほんとうにクライマックスエクスタシー感じた。れおは力が有り余ってたようで無邪気さすら感じたけど。
なんていうか1番後ろの席で見ていて幕が降りてこんなにも心が満たされて興奮してるステージを見られたことへの満足感がすごかった。もちろん誰とも視線は合わないし、ステージの誰かからの反応なんてあるわけないんだけど、ステージで本気のパフォーマンスをする演者を一方的に見ているだけで、自分の満足メーター振り切った。なんていいステージなんだよ〜って泣きたくなった。ここに自担が出ている人、現世で1番幸せだよとひとりずつ抱きしめたくなる聖母の人格現れた。
とまあ、そんな帝劇でした。


こんなにも素晴らしいステージを通して一つ悲しいことにも気付いたんだけど。
こんなにステージが最高で、ダンスにも泣くほど痺れたのに、そのパフォーマンス提供者個人に対して感情が生まれない。しかもこんな感情的になってんのに踊ってるところを見ながら、今回で言えば北斗くんは生々しい二十代の男があえて燕尾で踊るようなミュージカルっぽい振りと演出、宮近はモンスターのときみたいな首やら肩小刻みに動かすことができないとサマにならないような生々しい二十代の男にはあえて求めない振り、ってその人に対して自分が求めるものを分析してた。そして幕が降りたあとその人に対してその公演そのステージの対価として満足をしたって気持ちだけしか残らなくて、誰が悪いでもなくわたしが見たいもの全部を持っていた人は宏志朗くんだけなんじゃないかなって秒で考えてた。

宏志朗くんに対しては見返りもいらないどんな髪型でもいいからとにかく好き、シンプルに好きって感情だけを抱いていた気になっていて、原点回帰!!好き!かっこいい!最高!楽しい!て気持ちだけで応援していたつもりだったけど、わたしがお金と時間をかけて見たいと思うステージ、パフォーマンス、人間に対して求めるものってしぬほどあって、単純にそれを全部叶えてたからシンプルに好き!て気持ちだけのように感じてたのかも。それってほんとにやっぱあんまりあることじゃないし、一般の男女であれば結婚した時にこの人だ!って思った!みたいなやつな気がしてならないから、わたしは今未亡人。やべえ暗くなってきた。正義のー味方はーどこにーいるーのー♪(あからさまなポップさ出してみた)


前半でどこの評論家?みたいなこと書いてたことも後半で書いてた帝劇で受けた衝撃とショックなこともすべて含めて福井宏志朗くんがステージから降りることなく立ち続けていれば、悩むこともなく好きで幸せな気持ちですごせただろうけど、ステージから降りたことによってこれだけのことに気付けてこれだけの気持ちを知ることができた。ありがとう、こーちゃん(T_T)りほは感謝の気持ちを忘れません(T_T)
でも何回冷静に考えても一般人として生きていく人生がどれだけこーちゃんにとって価値のあるものなのか教えてほしい。これだけの才能を全部放り出してまで進む人生ってどんなに素晴らしいものなのか教えてほしい。これがきっと嫌味で愚問なことはわかってる。でもこんな形でしか恨むことができない。恨むなよと思うけどちょっとくらい恨まないとやってられねえそんなできた人間じゃねえ人間は愛と憎しみの感情で生きてるんだもの!!
こんだけの才能があるんだからこーちゃんが幸せにならないわけないし、幸せな人生になってもらわないとわたしがこんなにも不幸な感情を選択し続けたことも報われないし、これわたしのエゴでしかないけど、わたしの気持ちがちょっとでも報われてほしいからこーちゃんにはステージに立っていた時間をかけがえのない時間としてこれから先美化しながらたまに思い出して幸せに生きてほしい。わたしももうすこし自分が幸せになれることを賢く選べるようになることを誓う、2018年。


新年始まって早々スターダスト人事通達が残酷すぎるけれど、これが最後とわかって見るステージvsあれが最後だったんだと思い出すステージどちらがいいか問題についてひとつだけ思うことがあるのでついでに。
ジャニーズJr.の辞め方を見ていると前者がいいに決まってると思ってたけどいざ2015春の松竹のようなステージを見てしまうともう一生見れないんだと思って見るステージ、見てられるわけがないわ。そしてなにより脱退やら卒業を決めて発表するとそれを認めなければいけない、送り出さなければいけない風潮が生まれて、恨むことが許されない気がする。あれが最後だったんだとわかるのなら、もうバカ!って自由に感情爆発させればいいけれど、このバカ!って思って最後まで見届けるのもったいないし、きっと許されない。新天地でもがんばってねと言わざるを得なくなる、絶対。そんなの嫌だと思ってもそう思わない自分はダメなんじゃないかと考えたりしてしまいそう。
好きなアイドルが、自らアイドルやめることって自殺に相当すると思うのでいっそのことクビや不祥事の方が怒りの矛先があっていいと思う。自主的にそこを去る人を笑顔で送り出すなんて普通できないんだからできる人はとんだきもったまだな。と思うし偽善者かもしれないしそんな自分に酔ってるのかも。わたしはこんなにも未練を金魚の糞もびっくりするほどタラタラ引きずり回してるし、今も継続して辞めないで欲しかったとずっと思ってる。ま、これはいいや。賛否両論ありありだわ。でもなによりポリスメンもギブチョコも5年前なのびびる!!大学4年間なら終わりよ!


そんなわけでわたしはまた松竹座に隠居する!ひょっとして、しゅんちゃんは正義の味方かも!メンヘラ女の正義の味方は松竹座にいるのかも!!!


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